Board Game1

戦車シミレーションゲーム

『ハルハ河の砲声』

1939年、満州とモンゴルの国境紛争で日本軍とソビエト軍の大規模な戦車戦闘が

行われ当時最新鋭の97式中戦車(日本)やBT−7快速中戦車(ソビエト)などの

コマを使い、 ハルハ河付近の草原ボード上で戦車局地戦闘をシュミレート出来るボードゲーム。

  ⬛︎対象年齢:5歳〜おじさん ⬛︎プレイ人数:2人 ⬛︎プレイ時間:15〜45分

  ⬛︎インスト時間(他の人へのゲーム説明):5分 ⬛︎3歳以下幼児の誤飲注意

  ⬛︎コンポーネント(付属品)ボード×1   サイコロ×1  スペックカード8種 

  イベントカード×12  説明書×1冊  

 日本軍:

 97式中戦車×2 95式軽戦車×1   歩兵×1  96式150mm榴弾砲×1 97式軽爆撃機×1

 ソビエト軍:

 BT-7快速中戦車×2 BA-10装甲車×1 歩兵×1  ML20-152mm榴弾砲×1 

 Yak-4軽爆撃機×1

 本体価格 ¥6,600円(税込み)送料別途

3Dプリンター出力塗装済み

左:日本軍 九十七式中戦車/九十五式軽戦車 

   右:ソビエト軍 BT−7快速中戦車/BA-10装甲車

約30mm×15mm×12mm程の小さいコマですので、アンテナや手摺など細部は省略しています。九十七式中戦車は、チハ57mm旧砲塔初期型です。戦車は世界最小モデルです。出力機器の関係上、細部は表現出来ずごめんなさい。

3Dモデリング中の九十七式中戦車


他にも当時の兵器のコマが数種類有ります。左上:歩兵/左下:榴弾砲/右:軽爆撃など

左:イベントカード(スペックカードの行動力MPを3消費して引く事が 出来る)

右:スペックカード(攻撃力や防御力/回避値など戦車の性能を示す基本カード)

お子様からおじちゃんまで、楽しんで頂ける様なシンプルなルールと、当時の戦車の装甲貫通力と距離の関係などをゲームシステムに取り入れていますので、戦車ファンの方も

楽しめる様に製作しました。

また、歴史や当時の世界状況、過去にあった出来事などにも興味を持って頂けたら嬉しい

限りです。ノモンハン事変やハルハ河戦争などで調べて見てください。

今後、拡張出来る様に別の戦闘ボードや、遮蔽/障害物、有り得ないその後に開発された戦車のコマなどオプションも考えています。皆様にご愛顧頂ければ、作り続けたいと思います。

全て手作りですので、ご注文頂いてから製作しております。

1週間〜10日程製作に掛かります。

(海外への販売は、まだ体制が整っておりません)


ゲームルール早見表

方向転換は、左右90度でも、真後ろ180度でも消費MPは1です。

※MPが多いユニットは砲撃後、残りのMPを使い後退したり、方向転換も出来ます。ただし、次弾装塡に時間が掛かる為、砲撃は   1 手番につき1回だけ可能です。97式中戦車などが、3MPを使いイベントカードを引いて追撃が出た場合、3MP×2=6MPとなりますが、砲撃は1回だけです。もしも5MPの戦車が、3MPを使い追撃カードを引くと残りの2MP+5MP×2=12MPとなりますが、手番中の砲撃は1回です。


登場戦車解説

九十七式中戦車57mm砲塔(チハ)

1930年代に開発され太平洋戦争終結まで日本軍主力戦車として戦った。塹壕に籠る歩兵や、機関銃陣地などを攻略し、高火力・歩兵の支援を行う事がコンセプトで、戦車戦闘では、時代が進むにつれ、敵の新型戦車に苦戦していった。幾つかの改造が行われ、ノモンハン事変の教訓から事変後、対戦車戦闘を考慮し、口径を小さくし初速を上げた徹甲弾が使用出来る47mm新砲塔を装備した(チハ改)が生産されたが、今回のゲームでは登場しない。(一説によるとこの戦いで実際に投入された九十七式中戦車は数台とも)

旧日本軍戦車の名称は、西暦ではなく、日本独自の皇紀(「こうき」文献が残る初代天皇:神武天皇が即位した年を元年とする)の末尾2桁を指している。皇紀2597年に正式採用された中戦車。因みに航空機のゼロ戦(零式艦上戦闘機)は皇紀2600年末尾一桁を名称にして海軍に採用。


九十五式軽戦車(ハ号)

先に開発された火力は有るが、走行スピード時速25km以下の八十九式中戦車(イ号)では、機動力が低く歩兵支援戦車として不足となり、火力重視の中戦車と機動力重視の軽戦車を組み合わせる日本の戦車戦コンセプトから開発されたのが、皇紀2595年採用の九十五式軽戦車。長距離走行性能、命中精度に優れ、太平洋戦争では九十五式軽戦車の37mm砲では、貫通出来ないアメリカ軍の戦車に対して、砲塔と車体の隙間に命中弾を与えたり、砲身口内部へ命中させて撃破したりと言う、神がかり的な伝説が語られている。

同時期の九十七式中戦車と共同で運用され、太平洋戦争終結まで主力戦車として活躍した。




BT−7快速中戦車

旧ソビエト軍が開発したBT−5戦車を改造して完成させた、騎兵火力支援戦車として機動力を重視した当時の最新鋭戦車。

第一次ノモンハン事変で、旧日本軍との戦闘により、BT-5の損害が予想以上にあり、

増援として最新型のBT-7が同戦場に登場する。装甲は日本軍の九十七式中戦車前面装甲厚

25mmに対して、15mmと薄いが、主砲45mm徹甲弾で日本軍の戦車を苦しめる。快速戦車の名称の通り、機動力が売りの日本軍九十五式軽戦車の最高速度の時速40kmに対して

BT-7は時速52km/キャタピラを外しての装輪走行では、時速72kmを出せたと言う。


1938年に生産開始され、第二次世界大戦でドイツ軍とも戦火を交え生産台数3000を超えたソビエト軍の装甲車。アメリカ製のフォードトラックのライセンス生産車が車体ベースになっている。特徴は当時研究され始め、避弾経始(砲弾を角度の付いた装甲で滑らせる)が採用された初期の傾斜装甲車。初めての実戦投入はこのゲーム1939年の「ハルハ河の戦い」で、日本軍に相当数撃破されその後の装甲車、戦車の改良データーを提供した。

主砲は45mm戦車砲/副武装7.62mm機銃×2 ゲームに使用するコマは小さ過ぎる為、細すぎて機銃は表現出来ず残念です。装甲厚は15mm~6mmと薄く、装甲は歩兵の小銃には効果があったが、重機関銃などの攻撃には厳しかったと思われる。最高速度は53km